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大阪地方裁判所 昭和44年(わ)456号 判決 1976年4月16日

本籍

大阪市生野区北生野町一丁目二九番地

住居

同市平野区加美北六丁目三番一号

会社役員

入谷平司

昭和七年九月三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官永瀬栄一出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を罰金一、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市東住吉区加美長沢町八丁目一六八番地(旧地名)他一か所で入谷製作所なる事業所名のもとにプレス加工業を営んでいたものであるが、その経理担当者の実弟入谷保と共謀の上、所得税を免れようと企て、

第一、昭和四〇年分の所得金額が二八、〇〇四、七三九円で、これに対する所得税額が一四、四五〇、八二〇円であるにもかかわらず、売上の一部を除外し、外注費、材費及び経費を架空計上する等の不正行為により、右所得金額中二五、五七六、〇七六円を秘匿して、昭和四一年三月一五日、大阪市東住吉区田辺東之町五丁目一四番地東住吉税務署において、同署長に対し昭和四〇年分の所得金額が二、四二八、六六三円で、これに対する所得税額が五〇四、八〇〇円である旨過少に偽つた所得税確定申告書を提出し、もつて、同年分の所得税一三、九四六、〇二〇円を免れ、

第二、昭和四一年分の所得金額が少くとも二三、一九〇、三〇六円で、これに対する所得税額が少くとも一一、五〇一、七五〇円であるにもかかわらず、売上の一部を除外し、材料費及び経費を架空計上する等の不正行為により、右所得金額中少くとも一九、九二三、九八八円を秘匿して、昭和四二年三月一四日、前記東住吉税務署において、同署長に対し昭和四一年分の所得金額が三、二六六、三一八円で、これに対する所得税が七五〇、二八〇円である旨過少に偽つた所得税確定申告書を提出し、もつて、少くとも同年度分の所得税一〇、七五一、四七〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一、被告人の当公判廷における供述

一、収税官吏の被告人に対する各質問てん末書及び被告人の検察官に対する各供述調書(各三通)

一、証人松山尊了、同入谷喜美子(第二一回期日)及び同入谷保(第二三回及び二四回期日)の当公判廷における各供述

一、第六回公判調書中の証人蔵野万喜男、第一二回公判調書中の証人鈴木善吉、第一五回公判調書中の証人谷本賢吉、第一六回及び第一七回公判調書中の証人入谷保、第一八回公判調書中の証人鈴木征二及び同入谷喜美子並びに第一九回公判調書中の証人小川照雄、同西山貞及び同多田光弘の各供述部分

一、収税官吏の入谷喜美子に対する各質問てん末書(二通)及び同人の検察官に対する供述調書

一、収税官吏の入谷保に対する質問てん末書の謄本二通及び抄本並びに同人の検察官に対する供述調書の抄本三通昭和四四年二月六日付供述調書の一一項及び同月一七日付供述調書の五項

一、収税官吏の西山貞に対する質問てん末書の抄本二通及び同人の検察官に対する供述調書の抄本

一、吉村武男の検察官に対する供述調書

一、収税官吏の入谷キヨに対する質問てん末書

一、収税官吏蔵野万喜男作成の銀行調査書四通、手形調査書三通、建物、機械等調査書、家賃収入等調査書、売上関係調査書及び吉村関係調査書二通

一、第三相互銀行阿部野支店長東典雄(二通)、富士銀行萩之茶屋支店長黒田四男、大阪銀行平野支店長水野忠彦、富士銀行平野支店次長阿部久三郎(四通)、松本忠夫(二通)、坂本正典、松本喜光、入谷保(二通)、原田アイ子及び木下千鶴子作成の各確認書

一、収税官吏白鹿弘作成の所得税納付額調査書、府市民税納付額調査書、車両譲渡損調査書、生命保険支払調査書(四通)、受取利息調査書、減価償却費調査書及び利子割引料調査書(二通)

一、塚田博及び大阪日産自動車株式会社作成の各回答書

一、押収してある銀行帳一冊(同号の二)、屑代明細綴二綴昭和四五年、押第三一三号の一)金銭出納帳一綴(同号の三、四)、割引手形計算綴一綴(同号の五)、定期積金計算書一枚(同号の六)、給与支払明細書綴三八冊(同号の七)、不動産関係書類綴一綴(同号の八)、領収書二枚(同号の九)、銀行勘定帳一冊(同号の一〇)、印鑑四個(同号の一一)、電話売買契約書二通(同号の一二)、源泉徴収簿四綴(同号の一三)、仕入帳二綴(同号の一四)、売上帳三綴(同号の一六乃至一八)、請求複写簿一綴(同号の二〇)、請求書一冊(同号の二一)、給与明細表一綴(同号の二二)、請求書領収書類二綴(同号の二三、二四)、請求控綴二冊(同号の二五)、昭和四〇年分所得税申告書控一綴(同号の二六)、昭和三九年分請求複写簿八冊(同号の二七)、買掛元帳五綴(同号の二八)及び請求書綴二綴(同号の三一、三二)

判示第一の事実につき

一、東住吉税務署長泰憲作成の証明書三通(いずれも昭和四〇年分所得税申告関係)

一、収税官吏蔵野万喜男作成の支払関係調査書その(一)

一、押収してある請求領収書綴一綴(昭和四五年押第三一三号の三〇)

判示第二の事実につき

一、東住吉税務署長泰憲作成の証明書二通(いずれも昭和四一年分所得税申告関係)

一、収税官吏蔵野万喜男作成の大野定文に対する手形貸付金調査書及び支払関係調査書その(二)

一、岡崎学及び中島嘉博作成の各確認書

一、押収してある仕入帳一綴(昭和四五年押第三一三号の一五)、税務関係書類一綴(同号の一九)及び請求領収書二〇綴(同号の二九)

(争点の判断、所得額の認定)

一、争いのある勘定科目についての各年分の金額の認定は次のとおりであり、その余の勘定科目の金額については、各年分共前掲各証拠によつて検察官主張のとおりと認められる。

(一)、棚卸高

検察官主張の各期の棚卸高は、昭和四〇年期首六五八、〇〇〇円、同年期末及び昭和四一年期首七三七、三四八円、昭和四一年期末一三、九一四、八四二円であるが、前掲各証拠によると、右のうち昭和四一年期末分については実地の棚卸により算定された金額で殆んど正確であるのに対し、その余の各期の分については被告人の昭和四〇年及び昭和四一年分所得税確定申告書に記載された金額に準拠したに過ぎず、実地の棚卸によつていないものと認められる。更に、右検察官主張の棚卸高をみると、昭和四一年期末の棚卸高は同年期首(昭和五〇年期末)のそれの約一八・九倍にもはね上つており、その上昇率は昭和四〇年期首と同年期末との間の上昇の割合をはなはだしく上廻つている。この点について、検察官は、昭和四一年中に製品の材料が鉄板からステンレスに変り、その単価が高騰したことと、工場の新築により製品及び材料の保管場所が広くなつたがためであると説明するが、昭和四〇年と昭和四一年の売上の上昇率が約二・〇倍、材料費の上昇率が約二・八倍、外注費の上昇率が約二・〇倍であることに照らすと、検察官の右説明は到底納得できず、検察官主張の昭和四〇年期首及び同年期末(昭和四一年期首)の棚卸高はいずれも合理的な金額でないと言わざるを得ない。これに対して、弁護人主張の昭和三八年期未(昭和三九年期首)の棚卸高四、四八五、九四九円は、前掲各証拠に照らして合理性を欠いた金額であると断ずることができない。そこで、右弁護人主張の昭和三八年期末棚卸高と検察官主張の昭和四一年期末の棚卸高を基準にして昭和四〇年期首及び同年期末(昭和四一年期首)の各棚卸高を推認するに、材料費(後記認定のハンダ代を含む。)が昭和三九年と昭和四〇年で約一・四倍、昭和四〇年と昭和四一年で約二・八倍、外注費が昭和三九年と昭和四〇年で約一・一倍、昭和四〇年と昭和四一年で約二・〇倍の割合でそれぞれ順次増加していること、及び前掲各証拠によつて認められる事業規模が昭和三八年以降順次拡大傾向にあつたことに徴すると、弁護人主張の昭和四〇年期首棚卸高六〇〇万円、昭和四〇年期末(昭和四一年期首)棚卸高七〇〇万円の金額は全く合理性のないものとは言えない。よつて、各期の棚卸高を次のとおりと認定する。

昭和四〇年期首 六〇〇万円

昭和四〇年期末、昭和四一年期首 七〇〇万円

昭和四一年期末 一三、九一四、八四二円

(二)  経費

1 厚生費

弁護人は、従業員の食費、夜食費(残業時)及び寝具代の負担分として昭和四〇年及び昭和四一年の各経費にそれぞれ一七八万円の追加計上を主張する。しかし、前掲各証拠によると、右各年分を通じて、食費及び夜食費については、外部給食業者及び食堂からの出前による分は、殆んど全額が検察官主張の経費中に既に計上されており、自家製分もそのうちの米穀、調味料及び燃料代は検察官主張の経費中に計上されているし、寝具代についても殆んど全額が検察官主張の経費中に計上ずみであるものと認められる。そこで、残るのは主として食費及び夜食費中の自家製副食代であるが、これは、他の簿外経費を見込んでも右各年分とも検察官主張の計上簿外経費内でまかなえるものと認められるので、弁護人の右主張は採用できない。

2 求人費

弁護人は、昭和四〇年及び昭和四一年分の各経費に求人費としてそれぞれ四八一万円の追加計上を主張する。なるほど前掲各証拠によると、被告人方では右各年を通じて山形及び高知県下で主として中学校卒業者を対象にかなりの求人活動を行つてきたことが認められるのであつて、これに要した費用の額は正確には認定し難いが、右各年においてそれぞれ三〇〇万円を下らなかつたものと認められるから、これを右二年の経費に追加計上する。

そうすると、各年分の経費額は次のとおりになる。

昭和四〇年 一四、〇五五、八五六円

昭和四一年 二四、五九六、四六八円

(三)  材料費(ハンダ代)

前掲各証拠によると、被告人方では鉄板又はステンレス板のプレスの加工々程において少々のひび割れが出た場合にその部分をハンダで埋めて製品化してきたこと、しかし、本件の査察において、ハンダ購入費はすべて被告人方工場の一角を借りていた吉村武男経営の吉村製作所の材料費であるとして否認され、検察官主張の材料費中に右ハンダ代は含まれていないことが認められる。そして、右の被告人方で使用したハンダ代の各年分の金額については、詳細に認定できる証拠はないが、弁護人主張の昭和四〇年分三〇万円、昭和四一年分一二五、〇〇〇円が前掲各証拠に徴して不合理な金額であるとは言いきれないので、各年分の材料費にこれを追加計上する。

そうすると各年分の材料費は次のとおりになる。

昭和四〇年 五二、八〇一、八一一円

昭和四一年 一四六、九四五、八七三円

(四)  雇人費(日雇労務者の賃金)

弁護人は、被告人方では正規の従業員のほかに日雇労務者を使用してきたのであり、その支払賃金が昭和四〇年中に二二五万円、昭和四一年中に九三七、五〇〇円支払われたので、これを各年の雇人費に加算計上すべきであると主張する。前掲各証拠によると、なるほど正規の従業員以外の日雇労務者がいくらか被告人方の事業に従事した事実は認められるが、これは被告人方工場の一角を借りていた前記吉村製作所の雇傭にかかる日雇労務者が同製作所の作業の暇に被告人方事業の工程の一部を手伝つたものに過ぎないものと認められるから(特に証人多田光弘の証言参照)、弁護人の右主張は採用できない。

二、右一の認定をもとに損益計算方法により各年の所得額を修正算定すると、昭和四〇年分は別表一のとおりにして二八、〇〇四、七三九円、昭和四一年分は別表二のとおりにして二三、一九〇、三〇六円となる。

ところで、右損益計算と検察官主張の貸借対照表(財産増減)との関係についてみるに、昭和四〇年分では、前記認定の棚卸高と損益計算による所得額の修正の関係から、右貸借対照表の棚卸高以外の勘定科目の金額が検察主張のとおりであるとして、両者間の不突合額が七、九一三、一五四円(前記所得額の二八パーセント強)にも及び、右貸借対照表は所得推計の手段として信頼性に乏しいものと言わざるを得ず、また、昭和四一年分の右貸借対照表も昭和四〇年分のそれを前提としなければならないから、同様である。

なお、前記の所得額の認定では、前記のとおり事業が順次拡大傾向にあつたのに、昭和四一年分の所得額が昭和四〇年分のそれを下廻ることになるが、このことは証拠による事実認定の制約の結果であつて、昭和四一年分の右認定所得額は証拠上認定できる最低限度額の趣旨に解すべきである。

(法令の適用)

一、判示各所為につき、それぞれ所得税法二三八条一項、刑法六〇条(各罰金刑選択)

二、併合罪関係につき、刑法四五条前段、四八条二項

三、労役場留置処分につき、刑法一八条

四、訴訟費用の負担につき、刑訴法一八一条一項本文

昭和五一年三月三〇日

(裁判官 米田俊昭)

別表一

<省略>

別表二

<省略>

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